この項目では、ナチスの準軍事組織について説明しています。アメリカ合衆国の映画については「突撃隊 (映画)」をご覧ください。
突撃隊
Sturmabteilung
SAの組文字からなる突撃隊の記章
創設1921年9月10日
廃止1945年5月8日
所属政体 ヴァイマル共和政
ナチス・ドイツ
所属組織 国民社会主義ドイツ労働者党
部隊編制単位総軍
人員450万(長いナイフの夜時) [1]
所在地 ミュンヘン バラー通り
Barerstrase, Munchen
通称号/略称SA
愛称褐色シャツ隊
標語
『全てをドイツに』
(Alles fur Deutschland)
部隊歌『突撃隊は行進す』他
最終位置 ドイツ国
主な戦歴義勇軍運動
コーブルク闘争
【隷下部隊】
ヒトラーユーゲント(1926年まで)
親衛隊(1934年まで)
国家社会主義自動車軍団(1937年まで)
国家社会主義航空軍団(1937年まで)【合併】
鉄兜団(1933年)
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突撃隊(とつげきたい、独: Sturmabteilung, 略号:SA)は、国民社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の準軍事組織である。制服の色から「褐色シャツ隊(Braunhemden)」とも呼ばれた[2]。 突撃隊はナチスの前身であるドイツ労働者党(DAP)集会の会場警備隊が改組されて創設された。初期の頃はエルンスト・レームの斡旋により義勇軍から流れてきた者を多く受け入れたため、党からの半独立的な性格を持っていた。1923年11月のミュンヘン一揆に参加したが、失敗によって党と共に一時期禁止された。1925年に再建され、党に従属する組織として再出発した。党集会の警備やパレード行進の他、ドイツ社会民主党(SPD)の国旗団やドイツ共産党(KPD)の赤色戦線戦士同盟などとの街頭闘争を行った。はじめフランツ・プフェファー・フォン・ザロモンが突撃隊最高指導者として指揮したが、党首アドルフ・ヒトラーとの軋轢から1930年に辞職。以降はヒトラー自らが最高指導者に就任するとともに、日常的指揮は突撃隊幕僚長に任命されたレームに委ねられた。1933年にナチスが政権を獲得すると、突撃隊は補助警察となり、政敵の摘発や弾圧にあたった。
概要